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「はーばらいと」吉本ばなな

「はーばらいと」吉本ばなな

新興宗教の2世の話、というと他にも「星の子」(今村夏子)が記憶に新しく、結末も想像ができたのですが、印象的でしたので紹介したいと思います。

家族、親子、誰かとの親密な関係性において、本当に相手を思いやるということは、難しい課題です。愛情をはき違えてしまうと、大きな傷跡を残してしまうことがある。これまで多くの問題のある家族、親子、夫婦の相談や支援に関わってきましたが、関係性の病理はなかなか解消することができません。年月が蓄積されるほど。

宗教2世の問題においては、通常親が子を犠牲にするというこストーリーになりがちかなと思いますが、この小説では、主人公ひばり/子どもが親を思い親に気遣い払った自己犠牲が、結果として誰の幸せにもならない。そのことや自分自身のこころに気づいて、親との関係を断ち、自分の人生を歩き始めるというようなストーリーに(かなりざっくり言うと)。

そのため、主人公ひばり/子どもに強さがあり、「身を張って具体的に行動し、助けてくれる人たち」(僕/つばさ、つばさの母親)がいるという状況設定。決してひばりは弱くなく、むしろ強い。現実は、こんな風に自ら助けを求めて、そして親との関係を断つということをやり遂げることは難しいと思うのですが、そのような設定・ストーリーにしたのは、ばななさんが別に伝えたいことがあったのでしょう。

この、「僕/つばさとつばさの母親」に見られた健全性は、私たちの他者との関係性において大切なことを伝えてくれている、と思いました。ここだけ抜粋しても、よくわからないと思います。ちょっと気になったら、読んでみてください。

楽しくなかったらあらがったりしばらく岸に上がったり別の川や海を目指せばいい。それだけのことだ。(P141)

(日本、世界、宇宙)そこから見たら、適切な距離かどうかがわかるのよ。くっつきすぎたり、力みすぎてたら、パッと離れて、遠くから眺めていればいい。(P142)

そして、今この日本社会が、政治が、どんどん悪い方向に向かっていることについても、次の文章が核心をついているように思いました。

あのおじいさん(=新興宗教の教祖)の姿を僕は一生忘れないだろう。全然邪悪な感じではなかった。でも、だからこそもっと重い気持ちになった。なにかを悪くしようと思って始める人はいない。だんだんズレていくのだ。その感じはこの世のあちこちにありあまるほどにあふれている。(P131)

いかがでしょうか。本当に多くのことを思い起され、考えさせられました。

最後に、一番気に入った箇所をご紹介したいと思います。

さっき、てんとう虫が私の折れた指の上を這っていった。感覚はあまりないけど、小さいステップに細胞が癒されていくのを感じた。これが人生だし、奇跡だと思う。私は共同体の夢とか、理想の社会生活の実現より、そっちのほうこそを、人生とその奇跡だと思いたい。(P77)