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「夕暮れに夜明けの歌を」名倉由里

「夕暮れに夜明けの歌を」名倉由里

読んでから時間がたつのですが、こちらも是非紹介したいと思う本の1冊です。すぐに終わると思ったロシアのウクライナ侵攻も、まだ全く終結しそうにありませんね。

この本を読んだ時はまだ私も大学で教育を行っていました。「こうあるべき」の枠のなかで、国家試験対策が最大の目的と化し、「思考を深め、思索し、また学問領域の枠を超えて広い視野を持ち、自由に新しいことを考え、生み出し、新しい知を生産する」のが大学だと考えて来たのが、そのような教育をしようとすると(決して楽ではないので)学生側からは苦情が出て、〇×で答えられる試験を出して単位をくれる教員が喜ばれ、大学にも評価されることに、疑問と疲労を覚えていた時、この本に出会いました。その後まもなくして、メディアでも取り上げられる本となりました。本来の学問のありかた、大学での教授のありかたについて考えさせられ、共感を覚え、またこのような学びができた著者を羨ましくも思い、このような教授ができる土壌(大学組織・環境・カリキュラムetc.)も羨ましく思ったものでした。

また、ロシアがソ連解体後脈々と築いてきた思想・社会が今日のウクライナ侵攻に至らせたということ、その片鱗は2002年~2008年筆者留学中のエピソードから垣間見られ、今日急に始まった事ではないことを、まざまざとみることができます。著者の表現力も素晴らしいと思いました。まだ著者はお若い方なので、今後の著書も楽しみに思いました。以下に、印象的だった部分をご紹介したいと思います。 

文字が記号のままではなく人の思考に近づくために、これまで世界中の人々がそれぞれの想像を絶するような困難を潜り抜けて、今文学作品と呼ばれている本の数々を生み出してきた。だから文学があゆんできた道は人と人との文脈をつなぐための足跡であり、記号から思考へと続く光でもある。もし今世界にその光が見えなくなっている人が多いのであれば、それは文学が不要なためではなく、決定的に不足している証拠であろう。(P102)

言葉は偉大だ。なぜなら言葉は人と人をつなぐこともできれば、人と人を分断することもできるからだ。言葉は愛のためにも使え、敵意と憎しみのためにも使えるからだ。人と人を分断するような言葉には注意しなさい(トルストイ)(P226-227)

どうしたら「人と人を分断する」言葉ではなく「つなぐ」言葉を選んでいけるのか-その判断はそれぞれの言葉がいかなる文脈のなかで用いられてきたのかを学ぶことなしには下すことができない。(中略)統計や概要、数十文字や数百文字で伝達される情報や首長、歴史のさまざまな局面につけられた名前の羅列は、思考を誘うための標識や看板の役割は果たせても、思考そのものにとってかわりはしない。私たちは日々そういった無数の言葉を受け止めながら、常に文脈を補うことで思考を成り立たせている。文脈を補うことができなければ情報は単なる記号のまま、一時的に記憶されては消えていく。(P262-263

自分自身への純粋な信頼

それ以外の義務を 私は知らない

この真実に 証拠はない

この神秘を私は 愛しながら見つけた

完遂への道は果てしない

日々の すべての瞬間を心に留めよ!

      (ブリューソフ)