私たちは、常に「何かに追われている」感覚とともに生きています。そんな日々の中で、ふと立ち止まりたくなる瞬間はありませんか?今回は、作家・小川糸さんのエッセイ集『いとしきもの』をご紹介。ベルリン暮らしを経て帰国後、選んだ土地は八ヶ岳山麓。山小屋を建てて一人と愛犬1頭で始めた暮らし。「ちょっと疲れた心と体」に、やさしく寄り添ってくれる癒しの処方箋のような一冊です。
彼女のエッセイは素直でシンプルな文章で書かれているので、疲れたなあという夜、手に取るといい。「柔らかな語り口(神経を逆なでしない)、心温まるテーマ(愛情、温かい記憶、日常の美しさ)、五感を刺激する情景描写(自然や食べ物、日々の営み)、過去の記憶を呼び起こす郷愁(情緒の安定)」が小川糸さんのエッセイの特徴ともいわれます。何気ないけれど、丁寧に思い出され、慈しむように語られる情景は、私たちの心にやさしい風を吹き込んでくれるように思います。
情報過多、不安定な社会情勢、不安を煽るメディア。常に変化にさらされる私たちにとって、精神的な「静寂」と「余白」を持つことはとても大切なのだけれど、ますます難しくなっています。そんな中で、『いとしきもの』は、読む人に「余白のある時間」の大切さを教えてくれます。特に、小川糸さんが八ヶ岳に移住後は、森や厳しい自然の描写が中心に加わり、自然から離れた都会暮らしの方に、少しの間、森の情景や風の音、木々の香りなどを思い起こさせてくれるかもしれません。
女性の読者が多いと思われますが、男性にも是非手に取ってみて頂ければと思います。最近ヘルスカウンセリングや健康相談をさせて頂いていて、何等かの血液データの異常がある方のうち、感覚的には1/3ほどの40-50代半ばの男性に睡眠障害が聞かれます。寝つきが悪いので、寝酒に頼り習慣化してしまっている、という相談もいただきます。
私は、「週末、森に出かけて下さい」と言うことも多いですが、森から離れたところにお住まいの方や忙しい方には難しいですよね。
「穏やかで情緒的な読書体験」という行為が、リラックス反応を引き起こし、自律神経系によい影響を与え、セロトニンやメラトニンの分泌を促して、睡眠の質向上に寄与することが複数の研究で示されています。彼女のエッセイは、そんな読書体験を得られる本の1つだと思います。

セロトニンは「幸せホルモン」とも呼ばれ、安心感や心の安定に関与する神経伝達物質です。十分に分泌されることで、気分の安定・ストレス軽減・不安抑制につながります。自然描写や共感を呼ぶ人間関係、懐かしさを感じる情景などが描かれた文章は、副交感神経を優位にし、セロトニンの生成に有利な脳波状態(α波)を誘発するとされます(Benson, H)。
また、英国のサセックス大学の研究では、「読書を6分間行うだけで、ストレスレベルが最大68%低下する」ことも示されています。これは、音楽や散歩、コーヒーなどよりも高いストレス軽減効果です。
メラトニンは「睡眠ホルモン」とも呼ばれ、夜間に分泌が高まり、眠気の誘発と深い睡眠の維持に関与します。セロトニンから合成されるため、前述のセロトニン活性はメラトニンの生成にもつながります。電子デバイスの使用を控え、就寝前に読書などのリラックス行動を取り入れることが、入眠時間の短縮および睡眠の質の向上に有効」としています。イギリスの国民健康サービス(NHS)も、「夜の読書をリラックス習慣として推奨」しています。
最近は電子図書が特に若い世代で主流になっているとも聞きますが、電子デバイスより、紙媒体で読書をすることの健康面での効果は高いことも報告されています。電子書籍リーダーやスマートフォン、タブレットはLEDバックライトからブルーライト(青色光)を放出します。ブルーライトは網膜を通じて脳に「今は昼間」と誤認させ、睡眠ホルモンであるメラトニンの分泌を抑制します。電子デバイスで読書を行った場合、紙の本と比べてメラトニン分泌が平均1.5時間遅れることが報告されているほか、電子デバイス読書群では、翌日の眠気・集中力の低下も顕著だったと報告されています。心理的な効果からみても、紙媒体が推奨されます。紙の手触りや香り、ページをめくるというアナログな動作は、五感を通じてリラックス効果をもたらすことや、電子的なノイズ(通知、広告、光のちらつき)に妨げられない環境が、没入を深め、心の安定を促すことが明らかにされています。
ちなみに、紙のページをめくる動作や空間的な記憶(どの位置に何が書かれていたか)が、脳の「意味記憶」と結びつきやすいという報告があります。一方、電子書籍ではスクロールによる「空間的な手がかり」が乏しく、情報の理解や記憶が浅くなりやすいことが指摘されています。ノルウェーのスタヴァンゲル大学(2013)の研究では、同じ内容を紙と電子書籍で読んだグループを比較したところ、紙の読書グループのほうが内容の理解度と記憶保持率が有意に高いことも明らかにされているので、タブレットでの学習は賛否両論がありますね。
こういった本を通して、自律神経も整えてみてはいかがでしょうか(^^)
彼女の愛犬との写真も癒されます。
(森の写真は、信州信濃町の「癒しの森」で撮影しました)

参考文献)
University of Sussex (2009). “Reading can reduce stress by up to 68%.”
Benson, H. (1975). The Relaxation Response. Harper.
AASM – American Academy of Sleep Medicine: Sleep hygiene guidelines.
Morin, C. M., & Benca, R. (2012). “Chronic insomnia.” The Lancet.
Chang, A.-M., et al. (2015). Evening use of light-emitting eReaders negatively affects sleep, circadian timing, and next-morning alertness. PNAS.
Mangen, A., Walgermo, B. R., & Brønnick, K. (2013). Reading linear texts on paper versus computer screen: Effects on reading comprehension. International Journal of Educational Research.
Harvard Health Publishing (2015). “Blue light has a dark side.”
NHS (UK): “Tips for better sleep.”
National Sleep Foundation. Healthy Sleep Tips.


