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「シベリアの森のなかで」Sylvain Tesson

「シベリアの森のなかで」Sylvain Tesson

「森の生活」(ソロー)が名著として有名ですが、フランスの文学賞「メディシス賞」を受賞したという本著が昨年邦訳され出版されました。冒険家の著者が10年ほど前、バイカル湖畔の森の小屋で6か月間、独り「隠遁者(いんとんしゃ)」として生活をした記録になります。

文明社会、消費し続ける社会において、日々の暮らしを埋め尽くしていたあらゆるモノをそぎ落とし、人間に必要なものは何か?突き詰めていく生活。そうして、本質的なものだけが残されていく・・・。以前紹介した「資本主義の次に来る世界」でも共通した価値観が、本書にも脈々と流れています。資源が減りつつある世界で無限の成長を目指し続けることはできない。私たちがこれから、何に価値を置き、どのように変わりゆく世界で生きていくか、一人ひとりに問われているように思います。

バイカル湖畔の凍てつく森での生活-

持参した食糧が尽き、夕食にする魚を自らの手で獲る。スノーシューをはいて、針葉樹林の広がる森の中を歩く。音が消える。動物たちの足跡。息づかい。山頂で煙草を一人で吸い、「何も傷つけず、誰からも指図を受けず、自分が感じている以上の物は欲しがらず、自然に受け入れられていることを知る(という純粋な歓びを知る)」。薪を割り火をおこす。

凍結したバイカル湖の湖面を、アイゼンをつけて歩く。ブリザードが来る。吹き飛ばされそうになり匍匐し小屋にかえる。湖の氷の亀裂の音が鳴り響く夜。湖の底に沈んだ多くのロシア人のことを想う。ウォッカで孤独を紛らわし、持ちこんだ大量の書に身を投じる。無駄に大量の資源をつかわず、自ら労働することで、自然に返す。小屋での生活のなかで、生物としての自己を自覚する。

「心のなかに自由を感じ取れるようになるためには、だだっ広い空間と孤独が必要だ。それに加えて、時間をコントロールすること、安全なる静けさ、過酷な生活、素晴らしい土地との接触もまた必要である」

「孤独はあらゆる思考を生み出してくれる。なぜなら自分自身としか会話することができないから。孤独はあらゆるお喋りを洗い流してくれ、自分自身を探索することを可能にしてくれる。(略)孤独のおかげで隠遁者は植物や動物、そしてときには、ふと通りかかるかもしれない小さな神様と友情を結ぶことができる」

このような孤独のなかで、様々な思索がめぐらされるのが興味深いものとなっています。このような時間を半年過ごした後に、またフランスに戻り元の生活ができるのか疑問に思いましたが、「冒険家」にはその切り替えが可能なのかもしれない。そしてまた、どこか地球の果てに出かけるといった生活を繰り返せるのであれば。。

現代社会は情報過多で、時間に追われて、どうぶつとしての人間ひとりひとりの本来のリズムを乱し、病気を作りあげていっているように思います。当協会を設立したのは、そのような行き過ぎた社会のあり方や生き方を見直す必要があると考えたところにあります。

著者は自己を隠遁者と言っていますが、これ以上にない贅沢な、静寂と孤独の時間を味わい、人生をとらえなおすことなど、現代多くの人の夢のような生活であるのかもしれません。訳者あとがきにあるように、本書は「心のなかにしんとした余白をつくってくれる」特別な本であり、このような読書時間は、日々追われる生活を送る人に、安らぎと豊かさを味わわせてくれることと思います。

20240321 book Siberie 2